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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)5405号 判決 1963年1月24日

原告 津上商事株式会社

右代表者代表取締役 津上退助

右訴訟代理人弁護士 大原篤

同 北逵悦雄

被告 近江産業株式会社

右代表者代表取締役 小八木健次

右訴訟代理人弁護士 田岡嘉寿彦

同 久田原昭夫

主文

1、被告は原告に対し別紙目録記載の機械一台を引渡せ。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

3、この判決は原告が金五〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

第一、原告と訴外日本電具製造株式会社との間に、昭和三五年二月二日、原告がその所有にかかる本件機械を右訴外会社に売り渡し、同会社が右代金として金二一八万円を原告に対して支払う旨の売買契約が成立したこと、その際右訴外会社が原告に対し、右代金の内金六五万四〇〇〇円を支払つたこと、原告が本件機械を右訴外会社に引渡し、同会社がこれを占有使用していたことは、当事者間に争いがない。

第二、原告は前記売買契約においては、前記訴外会社が右売買契約上の残代金を完済するまで、本件機械の所有権を原告に留保する旨の特約があつたと主張し、被告は右特約の存在を争うが、証人中原信也≪中略≫の証言を総合すれば、右売買契約においては、右訴外会社が、契約の成立とともに支払つた金六五万四〇〇〇円を除く残代金を昭和三六年六月一〇日までの間に分割して支払うこととし、右残代金を完済するまでは、本件機械の所有権を売主である原告に留保する旨の特約がつけられていたことを認めることができ、右認定に反する事実をうかがわせる証拠はない。

そうすると、右売買契約の成立、内金の一部支払い、本件機械の引渡しがあつたことなどをもつてしては、原告から右訴外会社に本件機械の所有権が移転するわけがないし、また、被告から、右所有権移転の条件というべき、代金完済の事実につき、何らの主張も立証もなく却つて、証人中原信也≪中略≫の証言によれば、右訴外会社は、昭和三五年九月から同三六年六月まで毎月一〇日ごとに分割して支払うべき残代金の割賦払債務のうち、少くとも同三五年一一月分以降の分については、全く支払いをしていないことが認められるから、本件機械の所有権は、依然として、原告に帰属していたものといわなければならない。そして、訴外会社と被告との間に、被告の主張するとおりの代物弁済契約が仮に成立したとしても、単に右の一事をもつてしては、右訴外会社が他人である原告の所有物を処分したにすぎず、これによつて原告が本件機械の所有権を失い、被告がその所有権を取得するものでないことはいうまでもない。

第三、もつとも、被告は、本件機械を代物弁済により即時取得していると主張するので、以下この点につき判断すると、

一、被告と訴外日本電具製造株式会社との取引交渉の経過については、証人藤原政教≪中略≫を総合してつぎのとおり認められる。すなわち、訴外日本電具製造株式会社と被告会社とは従来取引関係があり、昭和三五年九月当時被告は、訴外会社に対し、計八〇〇万円を超える売掛金手形金等の債権を有していたところ、同年九月二〇日ごろ、被告に対して右訴外会社から、同社の経理状態が悪化したため、九月下旬を支払期とする同社振出の約束手形の決済がつきかねる旨の連絡があつた。被告は、それまで、右訴外会社の経営状態を知らなかつたので、直ちに訴外会社の経営状態を調査したところ、同社は、他にも多額の債務があり、重要財産は、ほとんど全部他に担保に供されていることが判明した。そこで、被告会社は、自己の債権の満足を確保するため、急きよ対策を講ずる要を生じ、同年九月二三日夕刻から被告会社側の者数人が、尼崎市神田中通り六丁目二一一番地の右訴外会社尼崎工場に赴き、訴外会社に対する他の債権者のもとに出向いていた同会社代表者大室満を被告会社の社員が迎えにいつて、右訴外会社工場に帰つてもらつた上、同日夜八時ごろから、同社応接室において、被告会社代表者小八木健次ほか被告側数名の者と右大室とが話し合いを開始した。そして、被告会社側においては、間もなく支払期の到来する手形債権につき、その債務者である訴外会社が不渡処分をうけることがないよう措置する代りに、訴外会社から、何らかの担保ないし代償を提供するよう交渉した後、(その結果いかなる協議が成立したか否かはしばらくおく)、同日午後一一時か一二時ごろから、被告会社側では、同社社員を呼び寄せ、十数名して本件機械の搬出にかかつたが、機械が重くて、自動車に乗せられないので、翌二四日深夜クレーンカーを手配し、その来るのをまつて早朝四時すぎごろ、ようやく右機械を搬出し、被告会社の倉庫に保管したものである。

二、つぎに、右の当時における代物弁済契約の成否については証人藤原政教、同入船勇雄、被告代表者本人尋問の結果を総合すると、右当夜の交渉の過程において、被告側が訴外会社の負担していた同年九月に支払期の到来する手形債務をまつてやることを承認し、その後同年九月二四日に満期の到来した手形については、被告会社が、これを他から買い戻して、訴外会社が不渡処分をうけることを免れさせたこと、被告会社がその後本件機械をもつて、右手形金に充当したつもりになつていたことが認められるが、以上の事実をもつてしては、前記九月二三、四日当夜、被告代表者と訴外会社代表者間に、被告の主張するとおりの内容の代物弁済契約が成立したものと認めるにはとうてい足りないものというべく、他に右被告の主張を裏づけるだけの証拠は何ら存しない。却つて、証人藤原政教、同大室満(第一、二回尋問)の証言及び、被告代表者本人尋問の結果中、当夜の被告代表者の意向や、その発言内容に関して述べる部分、被告代表者本人尋問の結果中、被告が本件機械を搬出した後の処分計画の存否等に関し述べる部分(この点に関する証人藤原政教の証言は信用できない。)等に、本件弁論の全趣旨すなわち、本件機械は、二〇〇万円を超える高価なものであるから、代物弁済の明確な契約があつたのなら、簡単な内容にもせよ書面を交換する等の措置があつてよいのに被告は、終始口頭の契約成立のみを主張し、当夜書面による意思表示がなされたとの主張立証をせず、またその後書面が作成されたとの被告の主張もないこと(もつとも、被告代表者本人尋問の結果中には、その後公正証書が作成されているかの如く窺われる部分があるが、仮に右のような公正証書が存在するとしても、証人大室満の第一、二回尋問、同入船勇雄の証言等に徴し、被告会社が訴外会社の意に必しも副わない書面を作成する可能性があつた事実を考えると後述の認定を左右するに足りない。)手形債権が本件機械をもつてする代物弁済により消滅したら、被告会社の帳簿上そのような記載処理があつて然るべきなのに、右のような処理がなされているとの被告の主張もみられないこと、手形債権が消滅すれば、被告会社は、訴外会社に手形を返還して然るべきなのに右手形を被告会社から、訴外会社に返還した旨の主張もないことなどを併せ考え、つぎのとおりの事実を認めることができる。

すなわち、前記九月二三日の夜の交渉中においては、被告代表者は、右訴外会社の同月二四日を支払期とする手形債務の不履行に関連して、被告会社が訴外会社に対し有すべきはずの債権や、被告の売掛代金債権の一部を、ただちに消滅させる意思はなく、単に右売掛代金債権、手形債権等の行使をしばらくみ合わせる代りに右債権の満足を確保するための確実な担保を要求したにすぎず、当夜被告が主張するような特定額の債務についての代物弁済の合意まではなされるに至らなかつたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

三、また、本件機械の引渡しの有無については、前記理由中第三の一の冒頭に列記した証拠にてらすと、前記の九月二三日当夜、訴外会社代表者大室満は、被告会社の代表者らから、本件機械を担保として引渡すよう深夜まで要求されたので、これに抗し得ず、やむなく被告会社代表者らの要求に屈服し、内心気が進まなかつたけれども、本件機械の搬出を承諾する態度をとつたことが認められ、証人平島茂の証言によつては、右認定を覆えすに足りず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

四、つぎに、引渡しの態様については、

前記理由第三の一の冒頭に掲げた証拠にてらすと、本件機械の引渡しがあつた夜、被告会社の者が、前記訴外会社代表者大室満を監禁状態にしたとの原告主張は、これを認めるに必しも十分ではなく、また証人大室満(第二回尋問)の証言中、被告会社の者が右大室に、訴外会社の工員を帰宅させるよう要求したとの事実も、これを認めるにいまだ十分ではない。しかし、前記の各証拠によれば、本件機械の搬出にとりかかつた当日は、祭日であつたが、訴外会社は就業日であつたところ、その出勤していた工員らが工場から帰つた後、右訴外会社代表者大室と被告会社代表者小八木らとが交渉に入り、本件機械の搬出の話がもち出されるに至り、右訴外会社側では、工場内には、代表者と宿直者平島茂のみしかい合わせないまま、深夜一一時ないし一二時ごろから翌二四日朝四時ごろまでにかけて、機械の搬出作業が行われたこと、その間において、就寝していた右平島は、深夜のもの音に眼をさまし、本件機械その他の機械を搬出しようとしている被告会社側の者に対し、機械を持つて行つては困ると抗議し、その結果本件機械以外の機械は、一たん被告会社が用意した自動車につみ込んだものを再び降ろさせるに至つたこと、被告会社側の者は、本件機械が重くて、チエーンブロツク等を使用しても自動車に乗せられないと知るや、時をおかずクレーンカーを呼んで搬出作業を続けたこと、その際被告会社側としては、もし搬出が遅れて日時を経過するうちに、他の債権者や訴外会社の工員らが事態を知ると、その妨害により引渡をうけることが困難になることを慮り、一挙に機械を搬び出そうとする意思があつたこと(被告代表者本人尋問の結果中たまたま搬出がおくれたにすぎないとの部分は、証人入船勇雄の証言中右に反する部分にてらし、信用できない。)被告会社側が本件機械を搬出する直前、宿直員平島は、交番に走ろうとし、また訴外会社代表者大室や宿直員の平島は、同社の工員を集めようとしたが、機械の搬出阻止に間に合わなかつたことが認められ、他に以上の認定事実をくつがえす証拠はない。

このように機械を占有する会社の代表者がその引渡しをやむなく承認していたとはいえ、真夜から早朝未明にかけ、他人が機械を工場から搬出するに当り、工場の宿直員が、その搬出に抗議し、そのため、当初搬出を企てた物件の一部は、これをみ合わせるに至つたような状況の下において、右代表者の意が変らぬうちに、また、他の債権者や工場従業員が事情を知ると搬出を妨害するおそれがあることを予期し、あえてこれを避けるために、徹宵作業を続け、機械を完全に自己の支配下におくため、時を移さず、搬出するがごときは、たとえこれを現実の任意の引渡しとみること前述のとおりであつても、とうてい平穏かつ公然の引渡しであるとはいえないと解するのが相当である。

五、最後に、被告会社が本件機械の引渡しをうけた際における即時取得の主観的要件についてみると、当時被告会社代表者をはじめ、本件機械の引渡しの場にい合わせた被告会社の者は、前記訴外会社が、他にも多額の債務を負い、その重要財産は、ほとんど全部が他に担保に入つていて、その振出した手形の不渡りとなる事情を知つていたことは、前述第三の一、において認定したとおりであり、また、証人藤原政教≪中略≫を総合すると、引渡しの当夜被告会社代表者らは、他に担保に入つていない重要財産としては、本件機械がほとんど唯一のもので、しかも右機械は、二、三ヶ月前に購入したばかりの新品に近いものであることを調査見聞して知つており、訴外会社の本件機械購入代金の決済関係についても、前記訴外会社代表者大室に問い質し、一応手形により決済していることを知つていたことが認められる。

証人藤原政教、被告代表者本人尋問の結果中右代金のことは、何ら聞き知つていないと述べる部分は証人入船勇雄の証言中右に反する趣旨を述べる部分にてらし、信用できない。

このように多額の債務を負い、重要財産のほとんどが担保に入れられていて、近日中に手形の不渡りをさけがたい状態にある会社が、二〇〇万円以上もする新品の機械を、わずか二、三ヶ月前に購入していてその代金支払いが手形によつてなされていることが判明している場合右会社から右機械を取得しようとする通常の取引人としては、右会社ともとの売主との間における売主への所有権留保特約の存否、現在までの手形による右代金支払いの遅滞の有無、手形による代金分割弁済の完了の有無、従つて、取引の相手方への所有権の帰属の有無につき疑いをもつのが当然であり(このような疑問をもつことがほかならぬ即時取得の消極要件である悪意に当る)、仮に、右の悪意がなくても特別の調査もしないまま、このような疑問を何らいだかずに、機械を右会社の所有と信じて、その引渡しをうけたとすれば、右の誤信につき過失がなかつたとは、とうていいえないものというべきであるから、被告会社の善意につき過失がないとの主張は容れることができない。

第四、以上認定したところによると、被告会社が訴外日本電具製造株式会社から、当時原告の所有であつた本件機械の引渡しをうけたときに、被告の主張するような、代物弁済契約が成立していたことは、いまだ認められず、また、右機械の引渡しをうけるに当つて、被告会社は、右機械が右訴外会社所有と信ずるにつき無過失であつたことも認められず、さらに、右機械の引渡しの態様が、平穏かつ公然のものといえなかつたことは、原告の主張するとおりであるから、結局右いずれの点からみても被告が本件機械の所有権を即時取得したという主張は理由がないといわねばならない。

よつて、原告の被告に対する本件機械の所有権にもとづく本訴引渡請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき、同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 羽柴隆)

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